【横浜F・マリノス監督インタビュー①】自分の信念を持って結果にこだわり、プロセスを磨いていくことこそ、リーダーシップの本質
大半の組織やグループにはリーダーがいます。組織のトップに立つ人材にとって重要な資質のひとつに「リーダーシップ」があることは言うまでもありません。
今回はランスタッドがオフィシャルパートナー契約を締結している、横浜F・マリノスの皆さんへお話を伺うシリーズにて、ケヴィン マスカット監督をゲストに招き、全3回にわたって「リーダーシップ論」についてお話いただきました。
本記事では、マスカット監督自身のルーツを深掘りしつつ、選手たちの能力を引き出すリーダーシップがどのように形成されたのかに迫ります。
聞き手は、ランスタッドで代表取締役会長兼CEOを務めるポール・デュプイです。
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ケヴィン マスカット -Kevin Muscat- 横浜F・マリノス監督
イングランドに生まれ、直後にオーストラリアへ移住。1989年にプロデビューし、96年から9年間、イングランド2部やスコットランドリーグで活躍した。現役引退後の2013年、母国のメルボルン・ビクトリーFCで監督業をスタート。21年夏に横浜F・マリノスの指揮官に就任すると、翌22年には卓越した手腕を発揮し、3年ぶりにJ1優勝に導く。元オーストラリア代表。
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ポール・デュプイ -Paul Dupuis- ランスタッド株式会社 代表取締役会長兼CEO カナダ オンタリオ州に生まれ、日本、シンガポール、香港、韓国、インドを含めたアジア地域で25年以上の経験を持つ。2013年9月にランスタッド株式会社に入社し、2021年7月より代表取締役会長兼CEOに着任。幼少期より始めたアイスホッケーの選手経験や、標高4000mを超えるヒマラヤで、アイスホッケーの大会を開催し、最も標高の高い場所で行われたホッケーゲームのギネス記録(2018年時点)を保持している。 |
子どもの将来のために両親がオーストラリア移住を決断
デュプイ:私はこの対談をずっと楽しみにしていました。というのも、僕とケヴィンさんは共通点が多いですからね。
マスカット:そうですね。私たちは年齢も近いですよね。何度もスケジュールを調整し直したので、この対談がやっと実現して私もうれしいです。
デュプイ:早速、本題に入りますが、今回のテーマは「リーダーシップ」です。最近、ダイバーシティという言葉をよく耳にしますが、多様性だけでなく、公平性や包括性という考えも交えながら進めていきたいと思います。ケヴィンさんはフットボールを通して、さまざまな経験をしてきましたよね。
マスカット:私はフットボールの視点で語っていきますが、大丈夫ですか?
デュプイ:もちろん、そのスタンスでお願いします。ケヴィンさんはオーストラリアでもプレーしてきましたよね。
マスカット:そうですね。私自身はイギリス生まれで、大人になってからフットボール選手としてイギリスに戻りました。私の両親は、私がまだ1歳にも満たない幼い頃にオーストラリアへ移住しました。父親はイギリスと同様、またはより大きなチャンスを得るために、家族全員でオーストラリアに移住するのが最善であると考えたのだと思います。
ただ、移住の目的はおそらく父と母にとってのチャンスというよりも、私や妹、あるいは移住先のオーストラリアで生まれた弟のためだったように感じています。当然ですが、私は父や母の背中を見て育ちました。もちろん両親にもより良い雇用やチャンス、多くのことに挑戦する夢があったはずです。彼らにもそのような機会があったのかもしれませんが、実際の日々は仕事に忙殺されていました。父は仕事に行き、帰宅し、また仕事に行き、帰宅することで精一杯でした。彼らの人生の多くは、日々の仕事に費やされていたように思います。
父の頭には、私たち子どもへの可能性や期待があふれていたのでしょう。その期待を胸に、子どもである私たちの将来のために、両親は自分たちの時間という犠牲を払ってくれていたのだと思いますし、そのことについて、私はとても感謝しています。
両親からリーダーシップの本質を学ぶ
デュプイ:私たちはともに移民国家であるオーストラリアと、私はカナダで育ちました。同じようなバックグラウンドを持っていることに、共通点を感じています。私たちの祖先の多くはケヴィンさんの父親と同じような経験をしてきたと思います。そして、生まれた祖国と、育った国が異なるというバックグラウンドこそが、私たちのリーダーシップの成り立ちに影響しているようにも思います。
マスカット:指導者や管理・監督者、CEOやマネージャーには、それぞれ肩書きがありますが、いかなる場面においてもリーダーシップは求められるものだと思います。
自分たちの両親について考えると、親ほど責任重大なリーダーシップは無いと感じます。リーダーシップの本質は、より多くの知識を持った上で、言葉で深く語り掛け、導くことではないでしょうか。
デュプイ:確かにそうですね。父や母は名刺のない肩書ですが、家族を率い、家族を良い方向に導く存在です。
マスカット:リーダーシップについてブレインストーミングをすると、各国の大統領や企業のCEOについて話しがちになりますが、結局のところ親になれば、自分がこれまでやってきたことを生かし、人生を通して親としてのリーダーシップの責任が伴い続けますよね。
デュプイ:私もその考えに共感します。そして、ケヴィンさんにも経験があると思うのですが、50歳を過ぎて、私は父と同じような言葉を使ったり、ますます父に似てきていると感じています。子供の頃、すごく嫌だと感じていたことを、自分の子供たちに言ってしまう自分がいるのです(笑)
マスカット:私もそうです。猛暑が始まる少し前、両親が日本に遊びに来て久しぶりに再会しました。ここ2、30年間、オーストラリアを離れていた時期が長かったので、久しぶりに長い時間を一緒に過ごしていると、僕にもそのようなことが起こり始めました。妻からは「お義父さんとそっくりになってきたわね」と言われましたね(笑)。幼少期はとても楽しく幸せだったし、もちろん悪いことではないのですけれどね…。
私がフットボールを始めたのも、のめり込んだのも、父のおかげだと思っています。父は私の最大の批評家であり、一番のサポーターでもあります。今年の父の日だった日曜日にお祝いを伝えたくて父に電話をしたのですが、その前日の土曜日の試合に負けた後だったので、あまり長く会話することはできませんでした。なぜなら父は、僕と同じように、横浜F・マリノスが負けたことをとても悔しがっていたからです。
※2023年のオーストラリアの「父の日」は9月3日(日)。横浜F・マリノスは前日2日のJ1第26節・柏レイソル戦で0-2の敗戦。
デュプイ:とても素敵な父子関係ですね。
マスカット:素晴らしい関係だとは思います。もし彼がコーチだったら、何が起きたのかをフィードバックしてくれるはずです。
勝利への渇望に勝る、成功への近道はない
デュプイ:私もアイスホッケー選手としての経験がありますが、子供の頃、アイスホッケーのリンクから家に帰る車の中が少し怖かった思い出があります。試合が終わって家に帰る途中、もっと上手にできるはずだったプレーやミスを父に指摘されるからです。ただ、私が間違っているとか、悪いといった指摘の仕方ではありませんでした。私にはもっと可能性があるし、努力が足りないといったニュアンスのアドバイスだったと記憶しています。ケヴィンさんは、お父様からどのようなアドバイスを受けて育ってきましたか?
マスカット:私の親も似たような感じですね。ただ、私の周りはすべてが勝利至上主義で動いていました。何から何まですべて結果重視。今思えば、勝つためにはもう少しうまくやることもできたはずです。
デュプイ:それは大変でしたね。
マスカット:一方、今の世代は、まずトライしてみることだったり、楽しければいいという風潮があります。それはそれで素晴らしいことですが、自分の子供たちや若い人たちには、バランスを取りながらスポーツや政治に関わり続けて欲しいという気持ちもあります。
偉大なアスリートをはじめ、どの分野でも偉大なリーダーたちには、偉大な指導者が寄り添っています。そういった環境に身を置き、周囲とも切磋琢磨することで、幼い頃から競争心が身につくのだと思います。私は歳を重ねるにつれ、それこそが最高峰のリーダーシップなのだと感じるようになりました。
最終的に成功するためには、成功を勝ち取る意志が大事になることも事実で、他の何よりも勝利への渇望が勝ると考えています。そして、「成功=結果」と定義するのであれば、プロセスを磨くことこそが結果を得るための重要なポイントです。現に今の私は完全にプロセス志向になっています。ただ、依然として勝利への意志を強く燃やすことも忘れてはいません。
デュプイ:ワォ!それはまさにアスリートとしてのリーダーシップですね。ピッチ上で勝つために必要なのは貫き通す力であり、山あり谷ありの浮き沈みを乗り越えることが大事で、そこでまた一つ逞しくなるのでしょうね。
偉大なリーダーには信念があり、自分に厳しく負けず嫌い
デュプイ:話は変わりますが、私は以前、マーティン・ルーサー・キングやガンジー、有名なスポーツ選手や監督など、あらゆるリーダーを研究した経験があります。その結果、彼らの第一の共通項として「負けず嫌い」という特徴がありました。勝つことが好きというよりは、負けることが大嫌いだったのです。
マスカット:競争の世界では負けることはよくあることですが、それも興味深いですね。
デュプイ:もう一つは他人と競争するのではなく、常に自分自身と競争するというスタンスを持っていることでした。スポーツであれば、昨シーズンの自分よりも、先月の自分よりも、常に上を目指し、少しでも成長する努力をしていました。かつ、己に対して厳しいのも特徴です。最後にもう一つ、私が強く印象に残ったのは、彼らは皆、人々を惹きつけ、彼ら自身がチームを導く指針の一部となり、ムーブメントを起こすことができるカリスマ性を持ち合わせていました。
マスカット:それはリーダーシップを語る上でとても重要な要素だと思います。人々はリーダーに対し、揺るぎない信念を持っているかを見ますし、リーダーの信じる力が人々を惹きつけるのです。それこそが、自信に満ち溢れているリーダーシップなのではないでしょうか。
私も信念は揺るぎません。だから、先ほどポールさんが言っていた勝利を享受するよりも、負けを悔やみ嫌う偉大なリーダーの気質には共感できます。ただ一方で、相手の勝利や成功から、自分たちも学ぶことができるという考えも持っています。例えば私たちが試合に負けた時、総合的に分析を行い、なぜ勝者に負けてしまったのかという分析をすることができます。
そうはいっても、人の90%のマインドや認識は、結果に向いているため、冷静に分析することは難しくもあります。逆説的に言えば、結果ありきで分析するのが人間の本質なのです。つまり私たちは成功という結果を知った上で、その結果を偉大だと分析する傾向がある。人々は悪いニュースよりも良いニュースに反応するし、うまくいかなかったことよりもうまくいったことに反応するのが人の性です。
だからこそ、伝え方や言葉の力が大事になります。私にとっては物事や結果を分析した上で何かを改善することと同じくらい、結果に左右されず、信じたモノを貫き通し、反復する姿勢が重要です。負けた時や 成功していない時は、もっと上手になる必要がありますよね。でも、結局のところ、できていないことを改善するには限界があります。
私が一緒に仕事をするプロ選手のレベルになれば、もちろん改善策はありますが、50%、60%もの改善・向上は見込めません。一方で選手一人ひとりの得意分野を見極め、それぞれの強みを毎試合、毎週末のすべての場面で発揮することの方が、苦手なことを改善するよりもはるかに重要なことなのです。 そうすることができれば、常にベストに近いレベルで、一貫したアスリートやパフォーマーになれるはずです。
デュプイ:それぞれの選手から最大限のパフォーマンスを引き出し、それをまとめてチームとしての横浜F・マリノスを作り上げていくのですね。
マスカット:その通りです。メンバーを組み替えたりしながら、足りない部分を補い合うのがチームなのです。
執筆・編集・構成/大林洋平
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